本屋象の旅

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韓国文学の中心にあるもの
2023.01.26

こんにちは。韓国文学をお読みになったことはありますか。今回は、翻訳家の斎藤真理子さんによる、韓国文学のおもしろさと魅力を語った一冊をご紹介いたします。

 

 

まず、全編を通してうならされるのが、斎藤さんの読み手としての素晴らしさです。日本語で読まれる韓国の作品が違和感なく受け止められるように、翻訳することの苦労は相当なものだと思いますが、その大前提として、翻訳家は小説を読むことのプロなのです。この本で紹介される韓国文学のいくつかは読んでおりましたが、斎藤さんの小説を味わい尽くす読みの深さに、いたく感じ入りました。同じ本を読んだとは思えないほどの、歴然とした違いです。

 

翻訳家の皆さんは、作品を練り上げるために歴史的・文化的背景を洞察し、原作者の意図がより正確に伝わるように、原作の言語と日本語、両方のことばを磨き上げています。つまり、読み手としても書き手としてもプロ。そのような方が書いたこの本が、おもしろくないわけがありません。

 

もちろん、原作となる小説のおもしろさあってこそですが、斎藤さんは韓国文学の中心にある核のようなものとして、「戦争」を挙げ、時代をさかのぼりながら、それぞれの作品と背景を交錯させて、日本の読者にわかりやすく説明してくれます。

 

実際にどんなことが起こったのかは、ぜひ本書を読んでいただきたいのですが、歴史的史実が語られるなかで、とくに印象深く心に残ることばが、「『死』を殺す」という表現です。歴史上なかったことにされ、公に悼むことのできない死。これ以上のやりきれなさがあるでしょうか。この表現は戦時に限らず、民主化への道のりの途中でも使われます。ことばの重みを感じずにはいられません。

 

どんなに大きな戦争や事件でも、よほどのことがないかぎり、死者は数字で記されるのみです。死者の思いを描き出したり、生き残った者のやりきれなさを表現したりといった試みは、小説や映画などの創作に託されます。しかも、独裁政権下での表現の自由などあるはずもなく、表現に工夫を凝らしたり、政治のちょっとしたすき間を狙って発表したりと、文学史としても苦難の道のりを歩んでおります。

 

また、「『死』を殺す」やりきれなさを実際に体験した作家が、そのテーマで筆を執るまでには、やはり相応の長い時間が必要なのでしょう。心の奥底で考えつづけ、積もりに積もった思いを筆にのせる。描かれる人物もまた、葛藤、克服、逞しさなど、避けようのない歴史を背負った者として、「人間」そのものの魅力を放つ。すばらしい小説が多い要因のひとつだと思います。

 

余談ですが、本書の時代をさかのぼっていく構成が、映画「ペパーミントキャンディ」と似ているなと思いました。2000年に公開された韓国映画ですが、こちらの作品も、韓国現代史に翻弄された男の、せつなさがなんとも胸に響く名作です。

 

いずれにしても、歴史的史実や時代背景を知ることで、小説や映画、ひいては人生までも、より楽しめるかもしれません。小説を読む解像度を上げてくれる「韓国文学の中心にあるもの」、韓国文学を読む足掛かりとして、また、韓国現代史を学ぶ最初の一歩として、最適な一冊だと思います。